「そうですか…。新しい商会を…」
「ええ。名前はネオ=マリーンドルフ。マリーンドルフ家の再興を掲げる為にこの名前にしました」
新たにフェザーンに旅立つ決意をしたユウイチは、旅立つに至った経緯をキルヒアイスとアユに伝える為、スラム街のアユの家に足を運んでいた。
「そっか…。ユウイチ君、もう行っちゃうんだね…」
ベットに横になりながらユウイチの話を聞いていたアユは、哀しげな声で呟いた。
折角会えたのにまた行っちゃうんだなんて…。今のアユにとってはマリーンドルフ家の復興より何より、ユウイチと同じ時を過ごせるのが何よりの幸せだった。七年振りにようやくその幸せを手に入れたのに、束の間の時でそれが終わるのは、アユにとって堪え難い事だった。
「そんなに悲しい顔するなよな、アユ。なぁに、ちょっと出掛けるだけさ。事が済んだらまた戻って来る」
「うん分かった…。じゃあね、約束だよ。またボクの元に戻って来るって…」
か弱い腕をユウイチの前に出し、アユは小指を差し出した。
「約束の指切りか?」
「うん」
そのアユに呼応するようにユウイチも自分の小指を差し出し、再びここに戻って来る事をアユと誓った。
「指切った!じゃあな、アユ」
「うん、ユウイチ君。なるべく早く、必ず戻って来てね…」
「……」
何か後ろめたい表情をしながらユウイチはアユの家を後にした。
「……。ではアユ様、私は昼食を買いに街に買い出しに行って参ります」
「うん。行ってらっしゃい、キルヒアイスさん」
ユウイチが最後に見せた後ろめたい表情が気に掛かり、キルヒアイスは昼食を買いに行くと称し、ユウイチの後を追った。
「お待ち下さい、ユウイチ殿。何か後ろめたい顔を為さっていましたが、私で良ければお話下さい」
「キルヒアイスさん…。ええ、分かりました。実は商売に目処がつくまでここに戻らないと思ってるんです…」
ユウイチは静かに語り出した。マリーンドルフ家の再興は自分が今のアユにしてられる最高のプレゼントだ。だからこそ、それにある程度の目処がつくようになるまでアユの元に戻って来るつもりはない。この上ない最上の幸せに包まれたアユの笑顔を見たいが為に…。
「そうですか…。ユウイチ殿がそうご決心為さったのなら、私は何も言いません。ただ、これだけは忘れないで下さい。アユ様はマリーンドルフ家の再興より何より、ユウイチ殿が側にいてくれる事を一番望んでいるのだと…」
「ええ…それは分かっています…。じゃあキルヒアイスさん、俺が戻って来るまでアユの事、宜しくお願いします!」
そう深々と頭を下げ、ユウイチはキルヒアイスの元を離れた。
自分が旅立つと言った時のアユの表情を見れば、アユが何より自分が側にいる事を望んでいるのは痛い程理解出来た。確かにアユにとってはそれが一番の幸せなのかもしれない、マリーンドルフ家の再興や優雅な暮らしを取り戻す事などより何よりも…。
だけどアユが今の生活を続けていたらその幸せな時は、束の間で終わるかもしれない…。自分にとってもアユは大切な人だ、だからこそより長くその幸福の時を共に過ごしたい。例え今幸せを掴めなくとも、その後に来るであろうより長い幸せの時を手に入れる為に、今は敢えてアユの幸せに背を向けなくてはならない…。
そう心に決心し、ユウイチはアユとのより長く幸福な幸せを掴む為に、今の幸せに背を向けフェザーンへと旅立って行った。
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SaGa−12「いけにえの穴」
「ふう、ここを越えればようやくユーステルムか…」
その頃ユキトは、北方の山村であるキドラントに到着していた。
大陸の最北端の町にあたるキドラント。ここは特にこれといった産業がある訳ではなく、ひっそりと人々が暮らす山村である。また、村の産業自体はないが西方のユーステルムとの交易が盛んで、ユキトのように山伝いにユーステルムを目指す旅人にとっては交通の要にあたる村である。
(しかし、どうも村の奴等の顔が暗いな…)
船着場を探し村を歩いていると、通り過ぎる村人の顔は何処か暗かった。これには何か訳があると思い、当初は通過するだけに留めておこうと思っていたユキトであったが、キドラントに興味を持ち、村の人々に色々と話を訊いてみた。
すると次のような事が分かった。数ヶ月前から村の西側の洞窟に怪物が住み着き、村人の恐怖の対象になっているという事だった。それでその怪物から村を守る為に、村の若い娘をいけにえに捧げているとの事だった。
(ふん、怪物を懐柔させる為に若い娘をいけにえに捧げる…ありがちな話だな。しかし…)
その話を訊き、ユキトは面白いと思った。これからユーステルムに赴き、薔薇の騎士連隊長ワルター=フォン=シェーンコップを手合わせする準備運動に丁度良い、何ならその怪物を俺が倒してやろう…。そうユキトは意気盛んに心を躍らせた。
「失礼、アンタが村の西側に住み付いた怪物を退治する人を募っていると訊いて訪ねて来たんだが…」
村の人から更に話を訊いていると、その怪物を退治する者を村長が募っているという話を訊いた。村長自ら募っているという事はそれなりの恩賞も貰えるのだろう。腕試しに怪物を相手に出来るだけでなく、そのついでに恩賞ももらえるなら一石二鳥だとユキトは思い、とりあえずその村長に会ってみる事にした。
「ん…。見掛けん顔だが、ひょっとして旅の者か?」
「ああ。名前は、まあ”トルネード”と言えば大体の想像はつくだろう」
「トルネード!そうか君があの曲刀使いの…。それは心強い。私はこの村の村長であるジョアン=レベロだ。早速だがトルネード君、君の力を借りたい」
トルネードと言ったユキトに呼応し自らも名を名乗ると、レベロはユキトの前に手を差し出した。
「力を貸すのは構わないが、俺はそれ相応の前金を払わなきゃ契約は受け付けない人間だ」
「前金は…済まんが今は払えない…」
「そうか…。ならこの話はなかった事に…」
「待ってくれ!別に金が払いたくないのではない…。今まで何人かの旅人が怪物を倒しに行ったのだが、誰一人として帰って来なかったのだ…。だからいくら君がトルネードとはいえ前例のない事に前金を払う事は出来ない。無論怪物を倒したらそれ相応の金は払う。それでいいかな?」
「ふん、まあいいだろう」
前例がないから前金は払えない、随分と役人ぶった村長だなとユキトは皮肉を浮かべた。
しかし今まで自分のような人間が退治に向かい帰って来なかったというのは面白い。他の者が実行し得なかった事を成し遂げるのは、自分の強さを測る一つの物差しとなる。そう思い、ユキトはレベロとの契約を受諾した。
「しかし、冷静に考えれば、怪物を退治したいのなら薔薇の騎士に頼めばいいんじゃないか?」
「それは私も考えたが、とても村の財政では彼等を雇う事は出来ない…」
どうやらそれ程の報酬は望めないなとユキトは苦笑しながら、ユキトは村の役人に案内され、怪物が住み着いた洞窟へと向かって行った。
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「で、ここがその洞窟か?」
「はい」
村の役人に案内された洞窟は、鬱蒼とした森に囲まれた場所に存在した。如何にも魔物が住み着きそうな雰囲気に、ユキトは心を弾ませた。
「まあいい。村長にちゃんと金を用意しておくよう言っておくんだな」
そう言い残すとユキトは洞窟の中へと進んで行った。怪物が住みつく前は村の者が使っていたのか、洞窟の中は所々蝋燭が立てられていた。
「ゴゴゴゴゴゴ……」
「!?」
突然響く地鳴りのような音にユキトは驚き、咄嗟に後を振り返ると、先程まで外の明りが入り込んでいた洞窟の入り口が何かに塞がれていた。
「おい!何の真似だ!?」
先程の村の役人が塞いだのか、ともかく閉じ込められるのは冗談じゃないと、ユキトは急いで入り口に引き返した。
「怪物を倒したら開けてやるよ」
「成程な…。依頼を受けた者を閉じ込めていたからこそ、誰も帰って来ず、金も渡さないって算段か!」
「これもすべて村の為だ。頑張ってくれたまえ、”トルネード”!」
そう捨て台詞を吐き、村の役人は洞窟を後にした。
「くそっ!」
村の為、村の為、村の為!一見綺麗事を言っているようだが、その為ならば赤の他人である旅人の生命などどうでもいいのか!いや、金が掛かるという理由で依頼する気なら依頼出来る薔薇の騎士の手すら借りない輩だ。その為に村の人間が何人も犠牲になっているというのに何も手を打とうとしない。結局は村長を含めたこの村の役人共は村人の命より何より金が大事な連中なのだと、ユキトはやるせない怒りを入り口を塞いだ穴へとぶつけた。
(くっ…もし師匠ならばこの岩を剣で寸断する所だが、果たして今の俺に…。いや、止めておこう、とにかく今は……)
自分に剣技を教え込んだ師と呼べるあの人ならば、こんな岩など涼しい顔で斬り付けられるだろうに…。そんな自分の師を思い起こしながら自分も同じ行為が出来るかとユキトは悩んだが、ふと気を変え洞窟の奥へと進んで行った。
ともかくこの奥にいる怪物を倒せば出る事は叶う。役人気質の者共だからこそ契約には絶対であろうし、倒した後こちらから多額の報酬を要求すれば良いだけだ。そうユキトは冷静さを取り戻し、奥へと進んで行った。
「……カサカサ…カサカサ…」
洞窟の奥へと進んで行くに従い、何かが蠢いている音が聞えて来た。その音は奥に進むに連れ、徐々に大きくなって行った。
「ガサガサガサガサガサ……!!」
「なっ!?」
蠢く音が最大限に高まると、目の前に無数の小動物らしき眼の光が重なり始め、そして幾重にも重なった鳴き声が辺りに木霊した。
「チュチュチュ!チュチュチュ!チュチュチュ!!」
「この鳴き声…鼠か!」
怪物の正体、それは無数の鼠であった。一匹、一匹は大した生き物ではない、しかしその一匹一匹が重なり、集団化した鼠は充分脅威に値する。
「くっ!」
集団化した鼠がユキトに襲い掛かって来た。地面を伝い勢い良く自分の身体に駆け上がって来る鼠を、ユキトは腰から三日月刀を抜き、何度も何度も斬り付けた。
断末魔を上げながらボトボトと地面に屍を重ねて行く鼠の群れ。しかしそれを脅威と感じないように、鼠共は手を休める事なくユキトを襲い続けた。
「地を這う棘よ、その切っ先にてかの者等の動きを封じん!ソーンバインド!!」
このままでは埒が上がらないと思い、ユキトは蒼龍術ソーンバインドで鼠の群れの動きを止め、一旦後退しながら体勢を立て直す事にした。
(しかしどうする…?ソーンバインドは一時的な足止めに過ぎない、時間が経てばその足枷を破り鼠共は再び動き出す…。ならば、ナップで眠らせ、その隙に皆殺しにするか…?いや、あれだけの数を眠らせるのはいいとして、一匹一匹殺している間に他の奴が起きだし、襲い掛かってくる可能性がある…。それまで俺の魔力や集中力が持つかどうか……)
後退しながらもその対処法を考えるユキトであったが、名案は思い付かなかった。
このままでは自分も今までの旅人と同じ運命を辿る。トルネードが鼠如きに殺される訳には行かない!かといって効果的な対処法が思い浮かんだ訳でもない。相手は強力な力を持つモンスターでも、高等な頭脳を持つ魔物でもない、只の鼠の群集団だ。だが、その鼠の群れを前に、ユキトは己の命の危機を感じられずにはいられず、それは数々の戦いを積み重ねたユキトにとっては屈辱以外の何物でもなかった。
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(ん…明りが差し込んでいる…)
洞窟を入り口に向かい引き返していると、塞がれていた筈の洞窟の入り口から光が差し込んでいた。あの後誰かが来て開けたのか、ともあれユキトはその光の方へ向かい、洞窟からの脱出に成功した。
「大丈夫かい?その様子だと流石のトルネードも”鼠退治”は専門外のようだね」
脱出した先にいたのは見知らぬ男だった。この男が自分を助けたのか?それにしても、鼠退治は専門外という言い方は爽やかなようで毒舌が込められているとユキトは思った。
「ああ、魔物退治は得意だが、何分鼠退治は初めてなものなんでな」
そうユキトは毒舌を受け返した。
確かに今までに何回か魔物と呼ばれる存在と相対した事はあったが、”只の鼠”を退治した事は一度もなかった。もっとも、今まで倒した魔物でさえその存在とは初めて対峙したのにも関わらず、大概は勝利を重ねて来たというのに…。
集団化した鼠に対する敗北は、ユキトの自尊心を大きく傷付ける結果となった。
「しかし、何故俺を助けた?」
「なぁに、村の為とはいえ、関係のない旅人が犠牲になるのは忍びなくてね。こうして犠牲者が出ないように毎回助け出しているのさ」
「成程、つまり今まで誰一人帰って来なかったというのは、あの鼠共に食われたんじゃなく、アンタが逃がしたという訳か」
「まあね。帰って来なかったといっても村人達が死体を確認しに来る訳じゃない。彼等は旅人や村の若い娘は犠牲に出来るが、自分自身を危険に晒す事は出来ない。だから救出してこの村から出て行かせても気付かれはしない。もっとも、その中には入り口に辿り着けなくて鼠達に食い殺された人達もいただろうけど」
男の発言にユキトはおやっと思った。今の男の発言にあった”彼等”とは、一体誰を指しているのだろうかと。
「もっとも、これは僕が始めたんじゃないけどね。僕の友人が村の女性達を生贄に捧げるのに抗議し続けていて、ある日自分のガールフレンドが洞窟に投げ込まれた時、密かに助け出したんだ。その友達を見習って僕はこうして旅人を助け出しているんだけどね」
「なかなか勇敢な友達だな」
「もっとも、その友達はガールフレンドを助けるのを余りに大々的にやってしまったから、村人達の逆鱗に触れて村を追い出されてしまったけどね。だから僕は村人達に見付からないようにこっそり行動していたりする」
「村人達?」
村人達の逆鱗に触れた、その表現にユキトは違和感を覚えた。何故ならば、この男の言い分はまるで村人が若い娘を生贄に捧げるのを自ら望んでいるかのような表現だったからだ。
「ああ。君は疑問に思わないかい?何故鼠退治に西方の薔薇の騎士を借りないのかを。彼等の手を借りれば金は掛かるが犠牲は少なく済むというのに」
「ああ、それは思ったな。大方、村の財政が破綻するのが怖くて役人達が手をこまねいているという所だろ?」
「いや、それは的を得ている部分もあるがそれがすべてじゃない。確かに役人達は村の財政が破綻するのを怖れている、破綻する事によって村人が暴動を起こすのにね」
「!?」
「いいかい?村の財政といってもその金は村人達の税で賄われているんだ。だから村の財政が破綻するという事は村人に対する税が増加する事を意味する。そうなれば例えあの鼠達を退治したとしても、今度は違った脅威が訪れる。だが、不特定の村人が犠牲になるのならば、それに関係ない者の生活には一切支障をきたさない。あの鼠共に村の若い娘を生贄に差し出すのを実行しているのは確かに村の役人達だが、それは多くの村人達の暗黙の了解で行われているんだよ」
男の言葉にユキトは言葉を失った。結局この村の者共は役人達だけではなく、村人一人一人が自分自身のみが大切なのだ。だから自分の財産が困窮する事よりも他の村人が犠牲になる事に平気な顔をしていられるのだ。
いや、平気な顔をしていない。村人達の顔は皆暗かった。これは自分の予測でしかないが、村の誰かが犠牲になるという事は自分に害が及ばないという事も有り得るが、それは同時にいつ自分が犠牲になるかもしれないという事である。その予期せぬ恐怖に村人達は暗い顔をしているのだとユキトは思った。
「ところで、その友人は村を追い出された後どうしてるんだ?」
「村を出る時『俺は冒険者になる』みたいな事を言っていたけど、その後どうなったかは分からない。まあ、彼の事だからそれなりに過ごしていると思うけどね」
「そうか。じゃあ俺はそろそろ村を後にするか。それと助けてもらった礼に、最後にアンタの名前を聞かせてもらえないか?」
「ああ。僕はイワン=コーネフだ」
「コーネフか。ちなみに俺の名はユキトだ」
助けてくれた礼とばかりに、ユキトは村長のレベロにさえ言わなかった己の本当の名を語った。
「じゃあな、コーネフ。もし旅先でアンタの友人に会ったら、アンタに助けられたと言っておくよ」
「そうか。友人の名はオリビエ=ポプランという。もし彼に会う事があったなら、コーネフがお前が指名手配者になっていないか心配していたとでも伝えておいてくれ」
「ああ、分かったよ」
多少毒舌な所があるが悪い人間じゃない。そう思いながらユキトはコーネフに別れを告げ、その足でキドラントを後にした。
(しかし、このまま黙って引き下がるのは俺の名が許さないな…。何か対策法を考えて再戦しなければ…)
鼠の集団に一度は敗北を喫したものの、ユキトはそれで諦めた訳ではなかった。その心中は必ず対策を立て次こそは確実に退治するという意気込みに溢れていた。
(とりあえず、裏葉さん辺りにでも相談してみるか……)
古今東西の術に詳しい裏葉さんなら何かしらの対策を思い付くかもしれない。そう思い、ユキトは来た道を一旦戻る事にした。
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「さてと、今の所は異常なしって感じだな」
サユリと共にリヒテンラーデに向かう事になったジュンは、船の巡回をしていた。リヒテンラーデに向かう船はラインハルトがチャーターしたもので、他の乗組員はジュンのような警護役や世話係だった。当初は船の巡回すらやる気がなかったが、どうせこれで最後の務めになるのだと、ジュンは快く巡回の任務を引き受けた。
「ガサガサ…」
「ん?今下で何か音がしたような…」
巡回を終えて与えられた船室に戻ろうとしたら、倉庫となっている船の最下層の方から物音が聞えて来た。その音が気に掛かり、ジュンは船の最下層に降りて行った。
「へへ…何かお宝物はないかな…?」
最下層に降りて行くに従い物音は高くなり、いざ最下層に着くと、何やら倉庫を漁っている男を見掛けた。
(やれやれ…不審な輩はいないと思ったが、いつの間にやら不審者が紛れ込んでいたか…。しかしなあ、このジュン様の目から逃げられると思うなよ……)
「ガササッ…」
「!?」
不審者に後から近寄りいざ捕らえようと思った瞬間、男が物品を漁る音とは違う物音が聞えて来た。
「ウリイイイイイイ…!」
「なっ…!?」
突然男の前に”あるモノ”が現れ、ジュンは驚愕した。それは生きるものに非ず、死にぞこないの”ゾンビ”と呼ばれる存在であった。
船の遭難事故で死んだ者が死に切れず、アビスの力によりゾンビとなったのか?ともかくそのゾンビは物品を漁る男に食らい付く様に襲い掛かった!
「う、うわあああ〜!?た、助けてぐしゃわ!」
驚き金切り声のような声を上げる男。しかしその男の悲鳴は叫び終わる事なく、ゾンビが男の首を一撃で掻っ切った事により中断させられた。
「ゴロゴロゴロ…」
「っ…!?」
その掻っ切られた首はジュンの足元に転がって来た。その絶望と恐怖の表情で固まった男の死顔にジュンは思わず声を上げそうになったが、すんでの所で声を飲んだ。もし声を上げたら自分が襲われ始めるのは明白だったからだ。
そして次の瞬間、ゾンビが取った行動はジュンを震え上がらせた。ゾンビは首を掻っ切られ死体と成りながらも噴水の様に血を噴き出す男の嘗ての頭部と胴体の接合部分に噛り付き、そして流れ出る血を吸い出した。
ゾンビは人間の死にぞこないである。だから人の生きている証である血を欲しているのだろうか?だが、確実に言える事は、次の犠牲者は自分だ…。そうジュンが自分が置かれている立場に戦慄を覚えた。
「ウウウリイイイイイイ!!」
男の血を全て吸い取ったのか、そのゾンビは近くにいたジュンに気付き、ジュンを新たな獲物と認識し襲い掛かって来た。
(逃げるな、逃げるなジュン…。ここで逃げようとしたらその隙に奴に血を吸われる……。戦うんだ!そうだ、俺は強くなるって心に決めたんだ!死にぞこないのゾンビ如きに負けてなるものか…!)
震え上がる身体と心を落ち付かせ、ジュンは臨戦体勢を取った。ここが正念所だ、自分の勇気を信じて、相手が隙を見せる時を待つんだ…。
逃げたいと思う気持ちを必死に抑え、ジュンは己の勇気を最大限に高めゾンビに立ち向かって行った。
「ウリイイイ!」
「今だ!食らえ、聖なる一撃!十文字斬り!!」
目の前に襲い掛かって来たゾンビが自分の首を掻っ切ろうと腕を上げた瞬間を見極め、ジュンはゾンビに剣技、十文字斬りを放った!
「ウガアアアアアア!!」
上下左右に斬り付けまるで十字架を描くように斬り付ける十文字斬りに、ゾンビは多大なるダメージを受け、そして断末魔と共に死にぞこないから本来のあるべき姿である”死人”へと姿を変えた。
「ハァハァ…や、やった…!」
己を震え上がらせる程の相手と対峙した恐怖、戦慄…その全ての感情唸りが、その感情の対象となった存在が沈黙する事により、ジュンの身体から一気に放出された。そしてジュンはそれらの感情が放出された事により一種の放心状態となり、その場に尻餅を付いた。
「ウリイイイ、ウリイイイ、ウリイイイイイイイ…!!」
「!?」
だが、勝利の余韻は長く続かなかった。尻餅を付いた次の瞬間、十数体のゾンビが姿を現し始めた。その光景にジュンは言葉を失った。一匹仕留めるだけにあれだけの労力を費やしたのに、まだこんなに…。
(ヤバイ、ヤバイヤバイ…。あんな数を一片に相手出来る訳ない…。逃げるんだ、逃げるんだっ…!)
そんな絶望に包まれたジュンに戦闘意欲は既になく、ただただ逃げるだけしか出来なかった…。
…To Be Continued |
※後書き
今回は序盤が祐一、中盤が往人、そして終盤が北川中心で展開するという女っ気のない展開だったと思います…(苦笑)。まあ、全体的に「萌え」を描かない展開ですので、何を今更という感じですが(笑)。
さて、中盤に往人を助けたコーネフですが、原作ではポールの友人ではなく恋人が助け出します。当初は原作に従った展開にしようと思いましたが、銀英伝原作でポプランの恋人らしき人物が見当たりませんので、書いている途中急遽コーネフを出す事となりました。ちなみにポプラン自体は今回は名前だけの登場でしたが、少なくともアッテンボローよりは早く登場してくると思います。
そして次回は、前々より予告していました水瀬親子が登場してくる予定です。どんな役で出てくるかは登場するまで秘密ですが、前の予告通りギャグ的ノリの回になる事でしょう。 |
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